YAPC::Asia Tokyo 2013でのトークが採択されました

YAPC::Asia Tokyo 2013でのトークが採択されました。2013年9月20日の14:10から発表させていただきます。

Perlとのつきあいは、実は結構長いです。

社会人になって初めての会社(ホットリンク)でも、Perlを使っていました。既存のブログ検索エンジンがPerlで書かれており、その解析や修正を行っていました。ただ、新規で起こすコードは少なかったので、Perlについて深く学ぶことはありませんでした。

次の会社(未来検索ブラジル)では、一部のプロジェクトでPerlを使っていました。一時期、JPA理事として知られる牧さんが同僚で、牧さんProjectはPerlが採用されているという感じでした。文字列の比較を==で行ってしまい、突っ込みを受けたことを覚えています。ひどいですね。とはいえ、ここでもPerlについて深く学ぶことはありませんでした。CPANのアカウントは取得しましたが、活かすこともなく。

ちょうどIT勉強会ブーム前夜、さまざまな勉強会に参加する機会を得ることができました。そこでPerlを書けないのに、Perlコミュニティの人々と交流する機会がありました。Perlが書けないので、まあこういう動画を作って発表したり。

上記の動画をはじめて放映したのは、面白法人KAYACにあった紫マット会議室でのことでした。さすがにかなりウケたことを覚えています。今振り返ると、時事ネタは入れずに、純粋にPerlについていじればよかったな、と考えています。

上記の動画は、YAPCの前夜祭でも放映したことがあります。本来は、DAICON IVをベースとした新作を上げる予定だったのですが、カギさんの動画にpatchするのと比べて格段に工数がかかり、締め切りに間に合わずに同じ動画を再生するという残念な状態になってしまいました。途中まで作った動画のflaファイル、ハードディスクを探しても見つからない。残念。世の中にリリースすることが何よりも大事なことだと痛感します。

話が少し脱線しました。そんなこんなでPerlを書くこともないまま、現在の勤め先(ディー・エヌ・エー)に移りました。現職では、Perlで何かが書けることは必須。やっとこさPerlと真面目につきあい始めたわけです。

ゲーム開発から離れて、社内向けWebアプリケーションフレームワーク作成のお仕事に従事するようになり、真面目な交際度合いは急上昇。その真面目な交際っぷりについて、今回YAPC::Asiaでお話させていただこうと思います。

「0から学んだポストモダンPerl」というトークのタイトルは意図的です。ぶっちゃけ、現在書いているPerlのコードはモダンPerlではありません。僕が仕事をする上で必要十分な知識をどうやって得たか、その過程で何が起こったかのエピソードを紹介します。そういった意味では、Perl初心者が聴講することを想定します。裏でやっている「モダンPerl Tips 50選」とガチ対決や!!

さて、「会社に閉じた独自ウェブアプリケーションフレームワークなど作るべきではない」というのが僕の持論です。しかし、大きな会社・サービスには社内独自のルールがあり、それを手助けするためにはフレームワークがあったほうがよいケースもあるな、と考え、3年くらいの寿命を想定して設計しました。

フレームワークそのものの設計は「今だったらこうしたほうが絶対よいだろう」と後悔する点もあります。しかし、社内の優秀なメンバーがよりよい設計のものを作ってくれるだろうと考えていますし、その突破口を切り開けたのはよかったと考えています。フレームワークの名前に自分のハンドルネームの一部を入れたので、フレームワークが陳腐化する近い将来において、フレームワークへの憎しみが僕への憎しみと替わっていくだろうと考えています。

という、オレオレWebアプリケーションフレームワークに関する悲哀話的なものに興味がある方にも、面白いお話ができるかもしれません。

というわけで、是非YAPC::Asia Tokyo 2013にお越しの際は、トークに来訪ください。お待ちしております。告知について、すごく期を逸した感はありますが、better late than neverということで。