大百科ニュース社で学ぶ三角吸収分割
「子会社に対する第三者割当による自己株式の処分に関するお知らせ 」というIRがカドカワから出ていることを知りました。
株式会社大百科ニュース社というものが設立されており、そこがニコニコニュース事業やらニコニコ大百科事業を引き継ぐんだそう。
さて、上記のIRのタイトル、慣れない人には意味分かんないですよね。分からない単語をひとつずつバラしていきましょう。
子会社とは
カドカワは、大百科ニュース社の100%の株を所有しているようです。子会社の判定方法はいろいろありますが、100%の株を保有していれば、その会社は子会社です。
自己株式の処分とは
「自己株式の処分」とは、ある会社が持っている自社の株を他者に売ることです。
自社の株を他者に売るには、株式を新規発行するか、すでに発行された株を買い戻した自己株式を処分するかのいずれかの方法を採ります。今回は後者ということです。
第三者割当とは
「第三者割当」とは、自社の株を売るときに、特定の第三者に株を売ることです。
ほかにも、株主割当や公募があります。
株主割当は、株を買いたい!と申し出た既存の株主に売ること。
公募は、株を買いたい!と申し出た一般ピーポーに売ること。
今回は、カドカワ株式会社が、株式会社大百科ニュース社という特定の第三者に売るという話しです。第三者というと、何も関係がない者、というイメージがあるかもしれませんが、そういうわけではありません。株主割当でも公募でもないもの、と理解するとよいです。
タイトルは分かったけど、それは何のため?
IRのタイトルをかみくだくと、「カドカワ株式会社が、100%株式を有する子会社である株式会社大百科ニュース社という特定の第三者に、取得した発行済み自社株式を売り渡す」ことだとわかりました。
でも、なんで自社株式を子会社に売り渡したりするのでしょうか。
大百科ニュース社が、ニコニコ大百科事業を引き継ぐこととも、どう関係があるんでしょうか。
子会社は親会社の株を原則買えません!
そもそも、会社法第135条第1項によれば、「子会社は、その親会社である株式会社の株式(以下この条において「親会社株式」という。)を取得してはならない。」とあります。つまり、原則、子会社は親会社の株を買えません。
なんででしょうか?
親会社の株を買って、親会社の株価をつりあげたり、親会社のみせかけの資本金を増やしたりするのを防ぐためです。みせかけの資本金を増やすのは、循環取引で売り上げの金額だけ上げて、取引先や銀行、株主をダマしたりするのと似ています。
人間の養子も、自分より若い人しか養子にとれないようになっています。一般的にループを認めると、制度上いろんなバグが出てくるので、禁止されているんですね。
ただし、子会社が親会社の株を買える場合があります(会社法第135条第2項)。他の会社、もしくは会社の事業を買収するときに、買収先がすでに親会社の株を持っていた場合です。間接的に親会社の株を買っていることになるのですが、例外としてセーフ。
例外として親会社の株を買った場合でも、会社法第135条第3項「子会社は、相当の時期にその有する親会社株式を処分しなければならない。」に従って、さっさと株を手放さないといけません。普通株を持っていたらあるはずの、株主総会での議決権も与えられません。
親会社株の取得は、あくまで一時的な処置として「しょうがないにゃあ・・」と許されているだけで、「たまってる、ってやつなのかな?」の溜まっている株はすぐ出さないといけない。(ref. 見抜き)
会社法第800条にも例外規定が書いてあります。今回のケースはそれに当てはまる、三角吸収分割と呼ばれるものです。
三角吸収分割ってなによ?
「三角合併」という言葉は聞いたことがある人がいるかもしれません。三角吸収分割を説明する前に、まずは、三角合併について説明しましょう。
会社Aが会社Bを吸収合併するときを考えます。吸収合併とは、会社Bの全てが会社Aに飲み込まれるイメージです。会社Aは、会社Bの持ち主である株主に対価を支払う必要があります。このとき、対価として、会社Aの親会社Pの株を渡すことがあります。このとき、3社間での取引となるため、三角合併と呼ばれます。
吸収されるB社の株主としては、現金や、株式市場に上場されている親会社の株、すなわち、すぐに売却して現金を得ることができる株を貰ったほうがうれしい。吸収するA社にとっても、自分の発行した株を買い集めたり、新株を発行するという手間をかける必要がなくなりました。ハッピー。
ちなみに、2007年5月1日まで、現金や、親会社Pの株を対価として吸収合併することはできなかったんです。三角合併は禁止されていたんですね。会社法第800条の追加によって、禁止が解かれたのです。
三角吸収分割も、三角合併に似ています。違いは、以下の2点。
- 会社Bを吸収合併するのではなく、会社Bのうち一部の事業のみを分割して取り出し、その事業を吸収すること。
- 対価を支払う先が、三角合併では会社Bの株主であったが、三角吸収分割では会社Bそのものとなること。
今回のIRから読み取れる三角吸収分割スキーム
今回の三角吸収分割に直接関わるのは、カドカワ・大百科ニュース社・未来検索ブラジルです。資金提供元として、ドワンゴも登場します。四角関係!!!
IRを見ると、以下の取引がなされるようです。
- 大百科ニュース社は、カドカワ株式会社の100%子会社であるドワンゴから、1,215,000,000円の現金を借り受ける。
- カドカワは、100%子会社である大百科ニュース社にカドカワ株を806,000株渡し、対価として現金1,214,642,000円を受け取る。
- そのうち800,000円は、発行諸費用としてカドカワが支払う
- 未来検索ブラジルは、ニコニコ大百科事業を分割して大百科ニュース社に譲渡し、対価としえてカドカワ株を806,000株取得することになる予定。
最後ぼかしたのは、対価としての株数が変わる可能性がなくもないからです。
今回のIRは、直接的にはあくまでカドカワと大百科ニュース社の取引に関するものです。タイトルも「子会社に対する第三者割当による自己株式の処分に関するお知らせ」ですよね。評価額1,214,642,000円とされるニコニコ大百科事業を大百科ニュース社が買うんだったら、対価として1,214,642,000円くらいのカドカワ株を未来検索ブラジルに渡す必要があるよね、じゃあ、その株をあらかじめ売り渡すわ、という話がメインで、そこから先については、あくまで予定です。
とはいえ、よほどのことがない限り、大百科ニュース社は取得した全カドカワ株を未来検索ブラジルに渡すことになるでしょう。そもそも、会社法第135条第3項「子会社は、相当の時期にその有する親会社株式を処分しなければならない。」という規定も守らないといけないので、株残してもめんどいし。
三角吸収分割の結果
結果として、こうなります。
- 大百科ニュース社には、現金358,000円と、ドワンゴへの借金1,215,000,000円と、ニコニコ大百科事業が残ります。
- ドワンゴは、現金が1,215,000,000円減って、大百科ニュース社に1,215,000,000円貸しが残ります。
- カドカワは、自己株を売って、1,213,842,000円の現金が手に入ります。
- 未来検索ブラジルは、ニコニコ大百科事業を売って、カドカワ株806,000株が手に入ります(予定)
ニコニコ大百科事業を、12億円もの借金を背負って引き受ける大百科ニュース社の心意気に乾杯。
借金といえども、これはカドカワから見れば「見せかけ」です。ドワンゴも、大百科ニュース社も、カドカワが100%株式を保有する100%子会社です。大きな財布で見れば、貸し借りは相殺されるんですね。
つまり、大枠としては、カドカワグループが未来検索ブラジルにカドカワ株を渡して、ニコニコ大百科事業を得た、というだけのことです。
未来検索ブラジルは、もらっても売って現金化しづらい大百科ニュース社の株ではなく、上場されて売りやすいカドカワ株をもらえてハッピー。カドカワグループ側も、大百科ニュース社の株を渡して100%子会社でなくなってしまうことを避けられてハッピー。
現金取引でもよいとは思うのですが、IRには「現金ではなく、当社の普通株式を対価として交付することで、未来検索ブラジル・未来検索ブラジル株主に本吸収分割によるシナジーを共有する機会を提供できること」という理由で株式を対価としたようです。
Disclaimer: 筆者はニコニコ大百科の初代開発者であり、カドカワ株を5000兆株くらい欲しいと思っている。